粂川利奈過去

「おーじさん。今日も教えて」
「利奈、これは遊びじゃないんだ」
「判ってる。私、デビルサマナーになりたいの」
 幼き少女と中年になりつつあるサマナーは、よく共に鍛練を積む。それは少女――粂川利奈の将来の夢がサマナー、加えて彼女の叔父がそうだからである。彼はおおかた断るのだが、毎回、結局は折れて稽古をつけてくれていた。
「では今日は、管属についての講義だな」
「あっ、外法属とか技芸属のこと?」
「よく知ってるな。それだ」
 叔父の講義に大きく相槌を入れながら、きらきらと目を輝かせて聞いている利奈。日に日に鍛練の内容は実践的になっていき、彼女が10歳になれば、一人のデビルサマナーとして認められた。
「いいか。デビルサマナーは、人を救うためにある。少なくとも、私はそう考えている」
 両親よりも叔父を愛していた利奈には、その言葉は何よりも、何に代えても貫かねばならぬ信念となった。
――だが。
「叔父さん!」
 15歳の誕生日、利奈の目の前で、叔父が見たことのない悪魔の鎌に貫かれたのである。体中に眼がはりついている馬にまたがり、黒い服を着た骸骨のような悪魔。鎌が引き抜かれ、その軌道に乗せて血が一筋に舞った。頭は全く回らず、ただそれを呆然と見ているしかできなかった。ただ分かったのは、叔父がもう助からないということと、悪魔がとてつもなく禍々しい雰囲気を纏っているという事。
「我ガ渇キ、未ダ潤サレズ……」
 ゆらりと、その悪魔がこちらを向く。恐怖で足がすくんで動けない。叔父に目を向けたが、彼はぴくりとも動かない。ただ、馬の足もとで多量の血を流し横たわっているだけだ。
「新月ニ魔人ト出逢ウ不運……次ハオ前カ?」
 利奈は悟った――殺されると。
 ゆっくりと、死刑を執行するかのように振り上げられた鎌。思わずしゃがみこみ、頭を抱え目を瞑る。
「い、いやああああっ!」
 利奈のすぐ前を中心に、物凄いエネルギーが広がっていく。その瞬間、魔人と名乗った悪魔が怯んだ。涙が溢れて霞む視界に映ったのは、仲魔の外法属ピクシーだった。
「利奈、戦うよ!」
「で、でも……」
 ピクシーは、気が動転してうまく言葉を返すことができない利奈を叱咤した。
「利奈を泣かせるアクマなんて、許せないんだから。メギドラオン、許可して!」
 その言葉に、利奈の心が大きく揺れた。ふらりと立ち上がった彼女の眼には、鋭く光る決意が現れていた。
――殺す。それだけ。
「メギドラオン」
 利奈も初めて見るスキルだった。叔父にそれの使用を固く禁じられていたからである。だが、一度使ってしまうともう歯止めなどきかない。
「メギドラオン、メギドラオン、メギドラオン……!」
 狂ったようにそれだけを繰り返す。その度に魔人は翻弄され、何も手出しができないまま、馬もろとも倒れこんだ。それを視認し、利奈も地面に突っ伏す。ピクシーはあわてて駆け寄ったが、どうやらもうMAGが空っぽらしい。一度にMAGを使いすぎたことによる疲労のようだ。
 気づけば、利奈はベッドの中だった。
「起きた? 利奈、1週間も寝てたんだよ」
 ピクシーの声。起き上がろうとしても体に力が入らないので、目だけ動かしてピクシーの存在を確認する。声を出そうとしたが、かすれて出せなかった。
「お目覚めですか」
 次は、聞きなれない声。人間で言うならば男性である。
「一体、何があったの……? あの悪魔は」
「あの悪魔は、魔人属ホワイトライダー。とてつもない力を持った悪魔です」
「…あなたは」
「申し遅れました。私は蛮力属クー・フーリン。自分に何かあった時は、あなたに伝言とその身を託せと、あなたの叔父から」
「叔父……さんが」
「空の管が二本、私を入れる管が一本。これもあずかっております。お納めください」
 クー・フーリンはそっと管を差し出し、枕の横に置いた。
「叔父さんの葬儀は……」
「もう、終わりました。お気持ちは察しますが、今は休んでいてください」
「……ありがとう。これから、よろしく」
 利奈は微笑もうとしたが、強い睡魔に襲われたことでそれは叶わなかった。
次に目覚めたときには、利奈はまた見慣れない砂漠に横たわっていた。

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