(untitled)

 彼に刃を向けられたあの日から一週間。彼は未だ、病院の無機質なベッドで目を閉じたままだ。裏切られて、殺されそうになって。なのにどうして、僕は彼の病室に毎日足を運んでいるのだろう。目を覚ましたら、前のように優しく笑いかけてくれるのではないか――きっと、そんな期待の念がどこかにあるのだと思う。
(そんなもの、叶うはずないのに)
 思わず自嘲の笑みを浮かべる。あの時、彼は僕のことを憎いと言った。口調も、歪ませた表情も、全て彼の“本当”だった。あの言葉には一寸の嘘さえない。対して、僕に見せていた優しい顔や優しい声は全て“嘘”だった。それでも、僕は信じたくてここにいる。押し付けているだけだ、僕の勝手な願望を。

 何の前触れもなく、彼がふと目を開けた。一週間ぶりに目を覚ましたであろう彼は、虚ろな目でただ天井を見ていた。といっても、天井に焦点は合っていないのだろう。ただ、呆としている。
 そのうち、その綺麗な水色の瞳は、安堵と驚きで声も出せず固まっていた僕を捕らえた。相変わらず、焦点は合っているのか判らない。次に来る言葉に期待と不安を抱きながら、僕はただ彼を見つめていた。
「いい気味……だろう?」
 嘲笑混じりに呟かれた頼りない声は、何より僕を不安にさせた。同時に、どうしようもなく涙が溢れた。
「なんで、なんでこんな事!」
 しゃくりを必死で飲み込みながら、泣き叫ぶように言った。
「憎いだろ……俺が。なら、殺せばいい。俺の居場所はもうどこにもない」
 文脈を完全に無視した発言。いかにも軽々しく口にしたように思ったが、最後の言葉には少々苦渋がまじわっていた。
「そんな……憎いわけないでしょう!? 居場所なら、僕が作る。課外活動部の皆だって――」
 そこで、言葉に困り声を飲み込む。課外活動部のみんなは、何と言っていただろう。数日前の記憶を辿る。



『俺は、あいつが許せない。理由さえ告げずに憎い憎いと、ただの凶刃じゃないか』
『俺も。ありえねーって、いきなり首に刃物とか』
『彼……どうしちゃったんだろ。あんな身勝手で動く彼、みたことない』
『正直、今でも信じられないな。誠に遺憾だ』
『わたしは、あなたを守るためのものです。よって、今の彼は敵でしかありません』



「な? 今俺は動けないし、ペルソナも出せない。今なら殺せる」
 弱々しく口角を吊り上げ、殺せと言わんばかりに嗤う彼を見て、哀しみではなく怒りが湧いてきた。
「……僕は恨んでなんかいない! 恨むはずない、命懸けで僕を庇った君を!」  その訴えに、彼は訝しげに眉をひそめた。
「庇った……?」
「覚えてないならそれでいい、でもあの時のシャドウに攻撃を受けてたら、僕は死んでた」
 僕を庇って、僕のすぐ前で倒れた彼――そのときの映像は、今でも頭にはっきりと残っている。だから少しの期待でも抱く事ができたのだ。
「それが本当だとしても、正直言って俺の体がどうなろうが知ったことじゃない。どうでもいい」
 その言葉にとうとう理性が途切れ、彼の胸倉を掴み上げて引き寄せた。流石の彼もこれには驚いたらしく、瞼を少し痙攣させた。
「君は……君は一番命の大切さを判ってるはずでしょう!? どうして軽々しく、殺せとか言えるの! どうでもいいって投げ出せるの!」
 一息で言い切り、彼の胸倉を掴み上げている手を離す。昴ぶった気持ちを抑えるため、肩を使って息をした。
「黙れよ」
「え?」
 俯いた僕の耳に容赦なく入ってきた。咄嗟に顔を上げ、言葉を発したであろう彼を凝視する。
「うるさいんだよ。何も知らない癖に、小学校でやる道徳のテンプレートみたいに偉そうにして。きれいごとなんてもう聞き飽きた。うんざりなんだよ」

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