ナミ主風味小説

小説。月にして6月程度の話ですが、過度のネタバレ含みます。ネタバレたくない方は、必ずエンディングまでクリアしてからの閲覧をお願いします。注意書き読まずしての苦情は受け付けません。
↓↓↓ネタバレ防止改行









「君さあ、雨の日いつもここに来るよね。なんで?」
 もはや習慣として染み付いてしまったそれを遂げる為、稲羽中央通り商店街のガソリンスタンドへ足を運び、いつものように彼に話し掛ける。一通り話が終わったあと、ふと思い出したように問われたのは雨の日にここへくる理由だった。
「雨だといつも立ってるじゃん。それに、雨の日にやれる事って意外と少なくてさ」
「ふうん。この頃雨多いもんねぇ、確かに雨の中遊び歩いたりは僕も遠慮したいよ」
「雨の中を傘無しで立ってるくせに」
 そう笑ってみせると、彼はふ、と笑みを零した。
「確かに言われてみれば。でも雨に濡れるの好きなんだよね」
「子供。風邪ひく」
「どうぞなんとでも」
 二人の笑い声が雨の中を伝わっていく。
 そういえば、彼と知り合って長いはずなのに、名前が分からないことに気がついた。
「名前、」
「そういえばさ、名前なんていうの? 結構話すけど聞いたことないね」
 まるで心を読んだようなタイミングで俺の言葉を遮り、彼は明るく話し掛けてきた。咄嗟に少し訝しげな表情を見せてしまったが、気付かれてはいないようだった。
「……秘密」
「それってちょっと理不尽。じゃあ僕も教えない」
 くす、と悪戯っぽく笑い、普段見せない目で見据えられた。それがどこか自分と似ていて、少しぞくっとした。といっても、別に顔が似ているわけじゃない。そう、例えるなら……
「ペルソナ」
「え?」
 彼の口が紡ぎだした、想定外の言葉にしばし瞠目する。“ペルソナ”とは、俺達がシャドウと対峙し、戦うためのものであり、己と向き合った証でもある。もしかして、そのペルソナのことを言っているのだろうか。雨が勢いよく降り注ぐ商店街に、それはまるで場違いなまでに響いた。
「どうかした?」
 その一声でハッと我に帰り、彼に焦点を合わせる。彼はまるで何事も無かったかのように、きょとんとした顔でこちらを向いた。
「あ、いや……なんでも」
 理由は判らないが、これ以上聞いてはいけない気がした。胸を打つ鼓動が速まっているのが分かる。まるで何か恐ろしいものでも見たのではないかという程に冷や汗が出て、そのたびにまた鼓動が大きく、速くなっていく。
「調子悪いんなら、早く帰りなよ。風邪ひくかもだし」
 いかにも俺の心配をしているかのように、表情を歪ませる。ふと彼の手が俺の額に触れたと思えば、次の瞬間には倒れそうになるほどの眩暈がした。
「……っ」
「うわ、熱い。熱あるんじゃない。倒れそうになるほどあるんだったら、今すぐ帰りなよ。送るからさ」
 そう言って俺の肩に手を触れ、支えようとしたその手を、無意識だったのだろうが払ってしまった。
(ちがう、この感覚は)
 確か、初めて稲羽市に来た日に、彼の勤めるこのガソリンスタンドで経験した眩暈だ。今まで生きてきて、何度か眩暈を覚えたことはあるが、これはそれらのものには入らない。違う。
「ひとりで……帰れる」
 とにかく、これ以上ここで彼と話してはいけないんだと、それだけははっきりと判っていた。
「そう? えっと、じゃあ……気をつけてね」
 遠目に彼を視認しながら、逃げるようにそこを去った。頭の中は判らないことだらけだったが、今は考えられるほどの余裕などどこにもない。眩暈もあるが、本当に風邪をひいてしまったようである。今考えられることは、帰ったらすぐに着替えて休む、それだけだ。



 雨の中、風邪をひいた彼を見送り、薄く笑みを浮かべる。この様子なら、明日あたりにはほぼ全快してくれるだろう。眩暈は自分が彼に影響させたものだから問題はないが、風邪では彼の抵抗力や行動に頼るしかない。早く治ってもらいたい。
「風邪をひかれちゃ困るんだよ」
 君は、私の大切な駒なのだから。

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