源佐久小説

■まだ途中ー
 源田→佐久間
 すれ違い



「佐久間、」
「退院おめでとう」
 ベッドが二つしかない病室。源田のものが片付けられ、からっぽになった横のベッドを見て、佐久間はとてつもなく寂しい気持ちになった。
 二人でいるにもなかなか広かった病室を、これからは一人で使うのだ。世于子と戦って負傷したときは、顔を傾ければ源田が居た。しかし今は――
(一人きり……か)
 雷門の監督が提供した最新治療とやらの効果は出ていても、やはり立てなくなって倒れてしまった佐久間と、辛うじて立つことのできた源田とでは傷の深さが違う。入院し始めたときから予想できたことではあった。
 佐久間にとって、源田はパートナーのようなものであった。何をするにも傍らには必ず源田の姿があり、支えてくれていた。しかし今、源田に先を越されてしまった。
 きっと源田は明日からサッカーの練習を再開するのだろう。佐久間が居ないところで、佐久間がベッドに伏せているときに――源田はサッカーをしている。そう考えるととてつもなく悔しくなり、必死に目尻に溜まる涙が零れないよう堪えた。
「……佐久間?」
 しかし源田も源田で、佐久間が泣きそうな顔をしていることなどすぐに見通してしまう。
 佐久間にとって、源田の前で泣くというのは屈辱的なことだ。それは、今まで同じラインで足並み揃えて歩いてきたはずの源田に追い抜かされ、置いていかれたような気分にさえなるから。
(一人にするなよ……なんでだよ、)
 ぽたり。
 その音にふと目を遣れば、我慢していたはずの涙が、シーツを固く握りしめた手の甲にぽつりと一粒落ちていた。
「佐久間……!」
「う、るさい……」
 言葉では強がっていても、やはり口調が泣いている人そのものだった。佐久間がどんな思いでいるのか源田には解らないが、とにかくどうにかしてやりたいのは事実である。

 気づけば源田は佐久間を抱きしめていた。
「我慢するな。こうしたら泣き顔が見えないから」
 優しく放たれた言葉と、ふわりと優しく撫でる手に、佐久間は無性に温かさを感じ、次第に涙腺が緩み――泣いてしまった。
「っ……げん、だぁ……」
 源田の服を握り、肩を上下させて思いっ切り泣く佐久間の背中や頭を優しく撫でてやる。そうすれば佐久間は、ぽつりぽつりと本音を語りはじめた。

 独りでここにいるのは嫌だ。お前と一緒がいい。隣にいたい、並んでいたい――置いて行かないで。

 源田にとって予想外の言葉だった。しかしそれ以上に、佐久間がここまで自分のことを必要としてくれていることに多少なりとも嬉しさを感じた。
 佐久間はいつも自分を置いていく。彼は鬼道を慕い、隣に並ぼうと……追いつこうと自分の前から走り去ってしまう。まるで、彼の眼には鬼道しか映っていないかのように。実際自分など佐久間の眼には映っていないのだろう――そう思っていたのに。
 今、その佐久間が自分の腕のなかで「置いて行かないで」と泣いているのだ。源田にとってこれだけ嬉しいことがあるだろうか。
(俺は今、佐久間に必要とされている)
 その事実だけで、今まで心に渦巻いていたもやが晴れ――同時に「優越感」が生まれた。

 優越感。それは人ならば皆どこかで求めている感情。自分は他人より優れている、他人に必要とされている――そのような感情は誰に芽生えたとしても快いものだ。しかし、その優越感の裏には他人を見下す醜い心が隠れている。自分が他人より優れていれば、他人は自分よりも劣っている――人間は無意識のうちにそのような感情を抱く。
 今の源田が――正にそうだった。

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