【完成】小説:静雄と正臣(と臨也?)

「……臨也さんに、刺されました」
 そう言うと、目の前の男二人は互いに顔を見合わせた。
 俺――紀田正臣は今、平和島静雄に連れられてどこかのマンションにいる。それなりの医療設備は揃っているようだが、病院ではないようだ。
 俺の頭や腹、腕には止血処理の後包帯が巻かれ、暴力団と喧嘩でもしたかのような出で立ちだった。
「珍しいね。臨也くんが静雄くん以外の人間を刺すなんて」
「……あのノミ蟲、遂にやりやがったな」
 平和島静雄の顔に血管が浮き出てきたのがわかった。
 ……ヤバイ。
「ていうか、君臨也くんに何したの? なかなかいないよ、直接やられる人なんて」
「……俺は何もしてません。あの人は、俺で遊ぶのが面白いだけみたいです」
 俺を刺したとき、あいつの顔は狂喜に満ちていた。俺の恐怖にまみれた顔を見ながら楽しんでいた。
『君の反応は最高だよ! だからもっと痛め付けてあげたくなるんだよねえ……!』
 そう言って、腹に刺さったままのナイフを、肉をえぐり取るように半回転させた臨也さん。
 ……怖かった。正直なところ、足が竦み上がって動けなくなるほど。
 しかし患部を外すところはなんとも臨也さんらしい。吐き気がする。

 彼が去ったあと、俺は致命傷でもなく決して軽傷でもない傷口から広がる、じくじくと体を侵す痛みに堪え続けた。徐々に息があがっていく。目の前の視界がぼやけていく。
 ああ、今日はなんて運の悪い日なんだろう――
 頭の中でそう呟き、俺は意識を手放した。

 次に俺が目を開けると、そこにはかの有名な"喧嘩人形"こと……平和島静雄がいた。
 ……ああ、今日はなんて運の悪い日なんだろう。
 二度目の心の呟き。俺は今日、街に繰り出した自分がとてつもなく恨めしく感じた。


「……聞いてんのか?」
「えっ?」
 その言葉で現実に引き戻された。平和島静雄が、自分の顔を覗き込んでいる。
「す、すみません」
 回想なんかしてる場合じゃない。自分の目の前にはあの平和島静雄が居るんだ。……まさに猛犬。
 そうと知っていて、わざと彼の気に障ることをして怒らせるような奴は、ただの馬鹿だ。そう、折原臨也。あいつはただの馬鹿だ。少しばかり身軽で頭のキレる馬鹿。
 くそっ、思い出すだけで腹が立つ。

「まだどっか悪いか?」
 平和島静雄が、俺の額に手を当てる。
「ひっ」
 反射的に情けない声とともに身体が強張った。
 加えて、一つ気になることができた。
 ……あれ。額ってことは俺、熱出してた?
 ……ということは、寝込んでた?
 ……じゃあこの喧嘩人形こと平和島静雄は、俺が目覚めるまでずっとここに居たのか?
「熱はないな。腹は?」
「い、今んとこ痛くないです」
「いや……腹減ってるか、って意味だ」
 俺は一瞬意味がわからなくて、目を丸くした。
「つか、減ってるだろ。俺の家じゃねえけど、なんか作ってやるよ」
 その言葉に、今までの緊張が糸のように解けた。
(なんだ。喧嘩人形とか言われてるわりに、結構優しいじゃん)
「ありがとうございますっ」
 ――気付けば俺は、刺されたなんて思えないほど穏やかな笑みを浮かべていた。

××××××

 平和島静雄の作る料理は思いの外美味しかった。いつも街中で自販機ぶん投げてるなんて思えない。
「旨いか?」
「はい、想像してたよりずっと……あっ」
 と言った後に、この言葉はなかなか失礼だと気付いて口を塞ぐも、やはり遅かった。
(やっべ……)
 平和島静雄の気に障ったらどうしよう。そんなことを考えていると、頭の上にぽん、と手が置かれた。細いが、骨張った大きな手。
 反射的に身体を震わせて身構えたが、いつまでたっても衝撃などこない。不思議に思い、手の主――平和島静雄へと視線を合わせた。
 その瞬間、平和島静雄が悪戯を企む子供のような無邪気な笑いを見せたかと思えば――
「うわっ!?」
 ……ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられた。
「素直な奴は嫌いじゃねえ。それに、旨いみたいだしな」
 そう言った平和島静雄の顔は、今まで見たことがないくらい、屈託のない笑顔だった。ちょっと怖いけど。
 しかし、やはりいつも自販機ぶん投げてるような人間には見えないというのが本音だった。
(話してみると、普通にかっこいいお兄さんだしなあ)
 喧嘩が強くて優しくて、しかも容姿も申し分ない。男ならまず憧れるであろう人間。加えて、どこか芸能人の羽島幽平にも似た雰囲気を併せ持つ。
「なかなか気に入った。またノミ蟲絡みで何かあったら言え」
 今度は優しく俺の頭を撫で、携帯をポケットから取り出す。……意外にも、オレンジのソフトバンク。
 ……あの言葉を撤回しよう。ああ、俺は今日、なかなかに運がよかったみたいだ。

 そして、俺のアドレス帳には平和島静雄という項目が追加された。
 その日は結局、平和島静雄と談笑した後、家に帰った。医者のほうもしばしば口を挟んではきたものの、どうやら彼女がいるらしく、そっちに時間を費やしていた。
 しかし、臨也絡みで相談できる人ができたお陰か、少し気分が晴れた気がした。実際、晴れていた。




「よっ、紀田正臣くん」
 ――帰りの夜道であの人に会うまでは。


××××××

「ふうん。シズちゃんに助けてもらったんだ」
 今、ここは街中。表通り。人通りは多く、しっかりと人の目がある。大丈夫だ、さすがにこんな所で目立ったことはしないだろう。
「よかったね、大事には至らなくてさ」
 まるで好青年のような、しかしわざとらしい笑み。吐き気がする。
 元々仕掛けたのはこいつだ。こいつが全ての元凶だ。
 ……早く逃げたい。帰りたい。こいつの干渉のない所に行きたい。
 隙を窺ってすぐ逃げられるように、一歩ずつ、一歩ずつ後ずさる。
「ねえ、君さあ……」
 作り笑いが、歪んだ笑みに作りかえられる。
 そこでやっと気が付いた。

(どうして俺は今、路地裏に居るんだ?)

「今日、俺の家に来てくれない?」
 ……折原臨也に、まんまと嵌められたということに。


××××××


 また言っていることが変わるが、やっぱり今日は運が悪い。
 何が悲しくて、大嫌いな奴の家に行って、一夜を共にしなければならないというのだ。
「帰っていいですか」
「だーめ」
 ブってんのかこいつ。蹴り飛ばすぞ。
 そんな物騒な言葉が脳裏に浮かぶが、そこは抑えた。そんなことを言えば後でどうなるかわからない。
 第一、連れて来てどうするつもりだと言うのだ。
 もう一度反論しようと口を開いた、そのとき。

 ――どさっ。
 何かが倒れ込む音がした。俺を見下ろす紅い目。
 そう、俺は気付かぬうちに押し倒されていた。俺を押さえ付けるように馬乗りになる臨也さん。その手には、ナイフ。

「さて、続きをしようか」
 そう言って、俺にナイフを突き付け笑う姿は、悪魔にしか見えなかった。


××××××


 結局解放されたのは次の朝で、目覚めた直後に俺は逃げ出した。新たに傷付けられた箇所から鋭い痛みを感じたが、今はとにかく帰ることが先決だと判断した。
 臨也さんは……ベッドで寝たふりをしていたようだったが、俺が逃げ出すことになんの反論もしなかった。
 俺はやはりあいつが大嫌いだ。人の弱みを使って脅し、抵抗できないようにしてじわじわと嬲る。
 最低の人間とはああいう奴のことを言うのだろうな、と思った。

 折原臨也と平和島静雄。
 歳も、出身校も同じのはずだが、どうしてこんなにも正反対なのだろう。
 少なくとも前者だけはマジでありえない。死んだらいい。
 きっと、こいつだけは一生好きにはなれないだろう。

××××××


 その日、"池袋"でナンパ中の俺に声をかけようとした折原臨也の目の前に自販機が飛んできたのは言うまでもないと思う。
「池袋に来るんじゃねえ臨也ぁぁっ! 早くくたばりやがれぇぇっ!」
 いつもは野次馬として見ていた怒号を上げる平和島静雄が、今日は近くに見えた気がした。
(本当に早く死んだらいいのに)
 そんなことを思いつつ、池袋は今日もいつも通りだな、などと何故か安心してしまった。
 ただ違うのは、一瞬俺と目が合った喧嘩人形が、俺を見て表情を和らげたことくらいだ。

「……さて、ナンパすっか!」
 二人の殺し合いを横目で見ながら、俺はナンパを再開した。



――――――――
小説のまとめ方がマジにわからんぞ
展開早いのとか支離滅裂とかすいませんっした

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